映画鑑賞メモ

ネタバレを含んでいますのでご注意ください

ワイルド・スピードX3: TOKYO DRIFT ( The Fast and the Furious: Tokyo Drift )

ついに車は時空を超えた???

 

 

 だってだってこの話は「ワイルド・スピード EURO MISSION (Fast & Furious 6)」とワイルド・スピード SKY MISSION (Furious 7)の間に起こった話ってことで、その時間軸でいくなら日本のテクノロジーは世界から遅れまくっていたという。

 まぁ冗談はさておき。

 つまりここでハンの身に起こることが「ワイルド・スピード EURO MISSION (Fast & Furious 6)」のエンディングと「ワイルド・スピード SKY MISSION (Furious 7)」の冒頭で起こることなのだ。

 本来は「ワイルド・スピードX2 (2 fast 2 Furious)」の後に作られた3作目。

 

 主人公は高校生のショーン。ストリート・レースにハマっているようで車がらみでしょっちゅうトラブルを起こしては転校をしいられる始末。

 手のつけられないショーンについに母親はショーンを離婚して今は離れた日本で暮らしている父親の元におくことにする。ショーンの父親は東京の米軍基地に勤務する軍人でショーンに日本の高校に通い、車には絶対近寄るなと厳命する。しかし、高校ですぐに同じく米軍基地に勤める軍人を親に持つアメリカ人のトゥインキーと意気投合し、彼の改造車で早速ストリート・レースの集まりに向かう。

  

 今回はドラッグレースではなくドリフト走行でのレースがフューチャーされている。 ショーンがドリフト走行をハンから学び、ヤクザの叔父をもつタカシに勝つために特訓にあけくれる。 昔の少年マンガにありそうなストーリーだ。

 東京が舞台となっていることもあってかゴージャス感に欠けていることは否めない。

 ハンだけが違う空気をまとっているようにあからさまにずば抜けた存在感を放ってくれていたが、いかんせ軍の輸送機やらとあんな派手なカーチェイスをくりひろげた後に日本の高校生とつるむというのはなんだかピンとこない。

 格付けでいえばハンはヤクザ本体とわたりあう存在だと思うのだけれど、撮影したときはまだこれが未来のできごととは想定していないので、えーと、えーっと。

 それだとしてもハンがいなくなってから、ただでさえ地味だったのがますます地味に。

 あとなんといっても致命的に感じたのがレースを通してアドレナリンがわいてグッと熱くなる流れが物語的にはいまいちなのだ。もっとも車好きならもしかしたら違うものを嗅ぎ取れるのかもしれないが。

 

 とはいえ夜の山道を多数の車でドリフトしながら下っていくシーンは不思議な調和感があって美しいという印象があった。

 レースの荒々しさよりも車仲間との一体感を表したかったというなら成功な気もする。ガイジンもニホンジンもなくドラフト走行で仲間として繋がった一体感。

  あと渋谷のスクランブル交差点のドリフト走行は度肝ぬかれた。あれは実際にロケをしたんだろうか(まさかね)。

 あれはドリフト走行運転手のテクニックに目を見張るべきなのか、タイミングよく見事道を開けることができた群集のみなさまに拍手をおくるべきなのか。

 現実におこれば大惨事どころの騒ぎではないので、まさにカー・ファンタジーなシーンなんだろうなぁと。いや、結構ここは圧巻。

 

追記:

 ラストにドミニクが登場するのだがこのカメオ出演に関してジャスティン・リン監督がインタビューで話していたことが面白かったので少し。

 3作目を監督することになった時、監督は皆からヴィン・ディーゼルをこのシリーズに呼び戻すのは絶対無理と言われていたそうだ。それにも関わらず説得を試みにヴィン・ディーゼルの自宅をプロデューサーと共に尋ねていく。4時間近くプールサイドで話したそうなのだが、その時に話したことというのがもっぱらRPG「ダンジョン & ドラゴンズ」についてだったとか。

 二人ともこのゲームが大好きで監督は神話についてなどヴィン・ディーゼルと熱く語り倒してしまったそうだ。

 結局、3作目にヴィン・ディーゼルの出演は実現しなかったのだが、「Tokyo Drift」の仕上げにかかっていた監督は前2作をつなげたしめくくりにしたいと考え、それにはやはり”ドム”に触れる必要があると考えたそうだ。

 そこで、ヴィン・ディーゼルを訪ね「ぼくには出せるお金は全然ないし、あなたが2作目に出ていないことも知っているけれど...」と3作目のシーンをいくつかみせたそうだ。それをみて「いいね。出てみたい」とヴィン・ディーゼルが頷いてくれたのでカメオが実現となったとか。ヴィン・ディーゼルが映画のラフカットをみてカメオ出演してくれる気になってくれたことが監督は嬉しくてたまらなかったそうだ(ヴィン・ディーゼルのカメオ出演が実現となった理由や決まったタイミングはインタビューや記事によって微妙に食い違うのでいずれも定かとはいえない。今回は2006年6月、ジャスティン・リン監督がサンタモニカで受けたインタビュー記事で話していた内容を採択した。このインタビューではリン監督はドムを出すことで1作目、2作目、3作目をトリロジーとして完結できるという考えのもと答えていた)

  このヴィン・ディーゼルのカメオが劇場の観客を大きくどよめかせ、その反響をみたスタジオ側が4作目の製作に動き出す大きなきっかけとなっている。つまりジャスティン・リン監督こそがワイスド・スピードシリーズの命をつないだ影の立役者といっていいかもしれない。

 そもそもジャスティン・リン監督は4作目を撮るつもりはなかった。3作目を監督することも最初にシナリオを読んだ時、あまりにもステロタイプなアジア人の描き方がどうしても許容できず断ろうかと思っていたという話だ。

 最初に4作目の話をスタジオからもちかけられた時も断っていたそうだ。

 ところが、映画のプロモーションでハンを演じていたサン・カンと監督が一緒に移動中の時、サン・カンが「ハン!ハン!」とラテン系の子供達に名前を呼ばれているのをみて4作目のアイデアがわき、スタジオに引き受けたいと電話したとか。

 もともとこの3作目はドムが”ドリフト走行を習得しつつ殺人事件を解決する”という内容(おそらくは2作目の時にヴィン・ディーゼルを出演させようとシナリオを書き直しているうちに生まれた産物ではないかと思われるが、監督がスタジオにわたされて読んだシナリオにドムが登場していたのか、それともドムなしでリライトされたものなのかは不明)。

 3作目にもヴィン・ディーゼルが出演しないことが確定し、スタジオ側にかなりの裁量権をあたえられていたジャスティン・リン監督は”ハン”を組み込んでシナリオをリライトする。

 "ハン"というキャラクターはジャスティン・リン監督にとってとても思入れの深いキャラクターで、2002年に公開された監督の作品「Better Luck Tomorrow」に登場したキャラクター。「Better Luck Tomorrow」は10代のアジアン・アメリカンをメインに描いており、それがプロでやっていけるきっかけにもなっているので監督の思入れの深さもひとしおな作品だ。

 つまり、その"ハン”というキャラクターがジャスティン・リン監督に4作目をやる気にさせたわけだが、”ハン”というキャラクターは、もし第3作目にドムかブライアンが出ていればこのシリーズには登場しなかった可能性が高いし、そもそもジャスティン・リン監督が3作目の監督を引き受ける気にならなかったかもしれない。

 ジャスティン・リン監督がみんなに絶対無理だと言われてもヴィン・ディーゼルをシリーズに戻すことを諦めなかったという話を考えれば、ジャスティン・リン監督でなければヴィン・ディーゼルを説得できなかったかもしれないし、ヴィン・ディーゼルが戻らなければ、このシリーズは3部作で終わっていたことは疑いない。そう思うと”ハン”というキャラクターが果たした役割の大きさがよくわかる。

  あと、ジャスティン・リン監督がインタビューで”アジアン・アメリカン”についてよく言及していたのでふと思ったことなのだが、「Tokyo Drift」の中で最後のレースにでるためにショーンがお父さんの車体に壊れたハンの車のエンジン(?)かなにか機材を移植するシーンがあって、そこにちらりと”ニッサン”の文字がみえたと思うのだけれど、車に詳しくないので勘違いかもしれないがお父さんの車がおそらくアメリカン・マッスルな車なのでその車体にニッサンのエンジン、つまり心臓をいれることでアジアン・アメリカンという自分のアイデンティティーを示した監督にとってはとても大事なシーンだったのかなとも思ったり。"ガイジン”という言葉もこの映画の大事なキーワードになっていたのだけれど、日本にいるから”ガイジン”ということではなくアメリカで生まれ育っても"ガイジン”扱いされてしまう”アジアン・アメリカン”の複雑な心境を指していたのかもと思うと、ちょっぴり移民大国アメリカの複雑さを垣間見たような気になった。疎外感を持つもの同士が車を通して絆を感じ、仲間と居場所をみつけ家族となっていく。ワイルド・スピードシリーズの根幹テーマがはっきりと打ち出したのが「Tokyo Drift」ということで、ドムとブライアンが出てないからといって飛ばしていたけれど、実はシリーズの中で重要な意味を持つ作品だったのだなと。

 

私の好み度: ⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 38%

 

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