映画鑑賞メモ

ネタバレを含んでいますのでご注意ください

ホドロフスキーのDUNE (Jodorowsky's Dune)

創作とは、芸術とはたぶんこういうこと。

ホドロフスキーのDUNE(字幕版)
 

 正気じゃムリ。

 

 以前、三十郎氏さんのレビューを読んで面白そうと思い、ウオッチリストに入れたきりになっていたドキュメンタリー。

organeziezd.hatenablog.com

 ”90分ぐらいで見られるかっこよくて笑えてほのっと泣けるアクションかSFがみたーい”とあてもなくツィートしていたら三十郎氏さんが勧めてくださり、今度は忘れないうちに視聴。すすめて下さってありがとうございます!!

 

 もしもアレハンドロ・ホドロフスキー監督の”DUNE”が実際に完成し公開されていたら、私的にはきっといつか見なきゃ見なきゃとmust seeリストにいれつつ、いざ見始めたら、わけのわからなさに睡魔との激しいバトルを繰り広げながらでの苦しい視聴となっていただろうなと確信する。そしてどうにかこうにか見終わって、あまりのわからなさ具合に”やっぱり芸術キライ”とかやさぐれて終わっていただろうと思う。

 

 私には前衛芸術の魅力が基本的によくわからない。 母や姉に無理やり付き合わされて、絵やらダンスやら音楽やら芝居やら見はしたけれども、毎度自分の中でどう処理したらいいかさっぱりわからない。紙一重感が拭いされなくて、いつも一歩引いてしまうというか、”ああすごい!感動!”というのを悲しいかな味わったことがない。

 結論として、すごいとは思うが、あまり好んで見たいものではない。

 というか、”すみません。私、アートとか全然わからないんです。許してください”という感じで。これも勉強と思ってみたところで、「・・・・・・💧」となって、”どうせ教養が足らないからわかんねぇよ💢」とか変な僻み根性というか劣等感まで刺激されたりもして自己嫌悪に陥ったりするので、まぁ、苦手というかあえて関わり合いになりたいものではないのだ。

 

 アレハンドロ・ホドロフスキー監督のことは三十郎氏さんのレビューでしか知らなかったので、もともと前衛芸術家だったとも知らなかった。前衛芸術家が映画という表現手段をつかって自分のアートを展開したと、監督の説明からそう解釈した。加えて、監督のおかげで前衛芸術に対する偏見というか先入観が綺麗さっぱり無くなった...とまでは言わないまでも、いい具合に軽減された気がする。前衛芸術とはそう向き合えばいいのかという大きな手がかりをもらったというか、今後好きか嫌いかは別にしてもう少し気楽な気持ちで向き合えそうな気がする。

 

 このドキュメンタリーの中で、ホドロスキー監督は”芸術”とはなんであるか、とてもわかりやすく説明してくれた。

 人の魂を揺さぶるもの。世界を変え得るもの。

  本来"芸術”とは得体の知れないものなのだ。

 狂気と正気の境界線。どちらかといえば狂気の方に大きく傾いている。

 理解を拒むもの。人を不安にさせるもの。気持ちをざわつかせるもの。

 それが"芸術”なのだろう。

 芸術という呪いに取り憑かれた人が芸術家であり、とんでもない熱量で自らが表現したいものへと突き進んでいく。

 答えは当人すらにも見えておらず、ただこちらだと感じる方へ、方へ、 ”これだ”と自分が満たされる至福ポイントへ脇目も振らずにむかっていく。

 向かって行かずにはいられない人。これが”芸術家”だ。

 こういう人たちに手綱をつけることは難しい。

 おそらく当人自身にも難しい。

 ホドロフスキー監督はまさに"芸術家"だ。

 ありていに言えば、社会生活を送る上ではものすごくヤバくアブない人。

 底知れぬ感受性、想像力に圧倒される。

 構想が情熱が次から次へと溢れ出てきて止まらない。

 DUNEに関していえば、監督からどんどんマグマがふきだし全てを飲み込み焼き尽くしていくような迫力だ。

 ドロフスキー監督のエネルギーにインスパイアされて、次から次へと他のアーティストたちもマグマを噴出させていく。

 監督に見出されて参加することになっていったアーティストの人たちは揃いも揃って尋常ではないというか化け物じみているというか。

 そんな才能が結集し、ものすごい創作がありったけ詰め込まれて生まれる芸術映画。

 上映時間12時間? 20時間?

 天井知らずに上がり続ける予算。

 ポドロフスキー監督の誇大妄想的イマジネーションはどこまでもどこまでも広がりをみせ、気がつけば理屈抜きにひきこまれている。宗教に転ぶってこういう感覚なんじゃなかろうかと思うような。底知れぬエネルギーにこちらの脳みそのCPUがオーバーヒートして気がつけば監督の価値観に染め上げられてるみたいな。

 

 後のSF作品に大きな影響を与えたというのもすごかった。

 プレゼン用に映画会社に配られたというあの分厚い本とこのドキュメンタリーは未来永劫クリエイターの脳を刺激し続けられそうな気がする。

 完成しなかったからこそ、かえって発想の起爆剤としての役割が果たせるんじゃないかしらとか。

 

 ドキュメンタリーに出てくるどうかしているアーティストは何も監督だけじゃない。
 ダリにオーソン・ウェルズ。

 ”世界一高額なギャラをもらえるなら出る”とか、”好きなレストランのシェフに撮影期間振舞ってもらえるならOK"とかって、本職の俳優さんたちがきいたら床に伏して泣き出しちゃいそうなことを....。

 

 砂浜時計ギャグの話もなんかすごかった。ダリが「砂浜でいつも時計を見つけるんだ」って言葉に監督が気の利いた答えを返さなきゃと「私は砂浜で時計を見つけたことはありませんが、いつも時計を無くすんです」って、これでダリのハートをつかんだって、なんだろうこの高度な大喜利みたいな...。

 ”よくわからないなぁ、アーティスト。 でもすごいんだな、きっと”、みたいな。

 

 監督の息子さん。 2年間もそのために武闘訓練を受けたって、それを怒りも恨みもやさぐれもしない息子さんも十分にすごい。

 

 もう一つ興味深かったのはポドロフスキー監督がデビッド・リンチ監督のDUNEをみて、「大失敗しやがった!」と大喜びしたところ。

 デビッド・リンチ監督ほど才能のある監督があんなカス映画を作るなんてスタジオに邪魔されたからだと大笑いしながら、他の監督の失敗が嬉しいとストレートに言えるっていうのは、まぁなんとも正直な人だと感心。

 なんだか憎めない人だなぁと思った。

 

 あと、これまで、どうしたらこんなつまんない映画が世にでるんだという映画をみてしまったら、まぁ監督や脚本家、出演者に原因があるのではと考えがちだったけれども、映画がよくなるのか悪くなるのかって”スタジオ”の影響も本当に大きいんだなぁと。一番見えにくいところなので、”スタジオともめる”とかってどう影響を及ぼすのか具体的によくわかっていなかったので、やっぱりそういうものなんだー、と。

 

 あと、”映画会社が求めていたのはキューブリックの「2001」”、あれも十分眠かったし(←つまりアート作品じゃんと言いたいわけです)、かなり攻めた展開だったから、あの映画にGOサインを出したっていうのもなかなか勇気のいる決断だったんじゃなかろうかと思うんだけど、というか、予算のことはまぁ脇に置いとくとしても、その他の点で「DUNE」の攻め具合とどこが違ったんだろう。50歩100歩じゃないのか違うのか。「DUNE」の方が若干わかりやすそうな感じもあったけど...(いやどうだろう)。

 

私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 97%

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