映画鑑賞メモ

ネタバレを含んでいますのでご注意ください

トゥー・フォー・ザ・マネー (Two for the Money)

膝の怪我で手に届きかけていたプロのアメフト選手になる夢が頓挫したブランドン。しかし、プロになる夢を諦めきれず入団テストを受け続けながら、電話情報サービス会社でアルバイトをする生活を送っていた。

 ある日、頼まれて代わりにアメフトの勝利予測の電話情報を担当し、予測が見事に的中する。そこからアメフトの勝利予測担当になり、予測を見事に的中させていったことから、ニューヨークのスポーツ賭博専門情報会社の社長ウォルター・エイブラハムに才能を見込まれ高額ギャラで引き抜かれる。ウォルターはブランドンをスポーツ勝利予測界のスターに仕立て上げるため徹底的に教育する。

 

 スポーツ賭博の世界を扱った話ということで、どれほどきな臭い殺伐としたストーリー展開になるのかと身構えていたら、思いのほかハートワーミング。もちろん賭博だし、ものすごい大金が転がるし、他人の人生を破綻させる胡散臭い業界だが、考え方は基本的に株屋と同じだ。爽やかなスポーツ青年の主人公ブランドンが、次第にこの業界の垢に塗れていく姿を描くことで、欲とお金がどれほど人間を狂わせ破滅に導くのかを浮き彫りにするような展開になるのかと予測していたのだが、これがいい意味で裏切られた。

 この映画はブランドンとウォルターを通して人が挫折や失敗からどう立ち直るのか。そのために必要で大切なことは何なのか、そこに焦点を置こうとしたのではないかと思う。
 社長のウォルター・エイブラハムは心臓にトラブルを抱えた元賭博の依存症だ。奥さんのトニーはウォルターを心から愛し、彼が立ち直れるように懸命にサポートしている。彼女もまたドラッグ依存症だった過去があり、ウォルターもトニーも共に幼少期に親から虐待されたという過去を持つ。

 一方ブランドンは9歳の時にアルコール中毒だった父親が失踪。幼い頃のブランドンは父親を繋ぎとめたい一心でアメフトに打ち込んでいた。うまくプレイすれば父親が喜んでくれるからだ。その甲斐あって、ブランドはプロのアメフトチームのスカウトマンの注目を集める才能あふれたクォーターバックに成長するが、試合中の怪我でその道は絶たれてちまう。

 しかし、その後、とくにやさぐれることもなく母と弟と良好な家族関係の中で夢を追い続け、そのための努力も惜しまなかったブランドン。

 優秀なクォーターバックだからこそ的確に勝負予測ができたブランドン。ウォルターに見込まれ、もちろん高額な報酬も魅力だったろうけれども、それ以上にウォルターに認められたいという思いが優っていたのではないかと思う。

 かつて父親を繋ぎとめたい一心でアメフトに専念したブランドン。ウォルターのことを父親のように慕いはじめたブランドンが自覚が有る無しは別にしてウォルターが望む自分、”絶対予測を外さない男ジョン・アンソニー“になろうと必死だったに違いない。

 ところが皮肉なことにウォルターの望む”ジョン・アンソニー“に成り切った途端に肝心要の勝利予測ができなくなる。どうやってもうまくいかない。ウォルターをどんどん失望させているにもかかわらずウォルターは自分を手放そうとしない。しかし、自分の予測で大勢の人間の人生が狂っていく。ウォルターを喜ばせたいためにやっていたことが、トニーを苦しめ、当のウォルターをも破滅に追いやっている原因となっていると認識したブランドンはウォルターの元を去る。

 ブランドンは父親を喜ばせたいという呪縛から解き放たれ、自分が本当にやりたい道に進むことができ、同時にウォルターを救うことになる。父親をアルコール中毒から立ち直る手伝いができなかったブランドンにとってこれも大きな救いとなったことだろう。
 かつて自分の父親のために頑張ったアメフトでブランドンはスポーツ賭博の寵児となり、ウォルターから教わった”セールス“のノウハウで、ブランドンは良い指導者として大好きなアメフトに関わる職業につくことができた。ウォルターもブランドンも人として安心できるところに着地してくれて、賭けがどうなるかで終始ハラハラさせらていたこちらも一安心でニッコリとエンディングを迎えられる。

 もっとも、あれだけの大金絡んでいてこんなに綺麗に終われるものなのかとか、ブランドンは結局どのぐらい天狗になってたんだろうかとか、ウォルターに父親からの電話を幾度もカットされていたとか、恋人あてがわれていたとか、そのあたりでウォルターを憎む気持ちは出なかったんだろうかとか色々ツッコミどころはある。

 ”ブランドンは結局のところ徹頭徹尾アメフトが大大大好きな好青年でした”で全て納得しろというのはやはり厳しい。

 おそらくだが、ウォルターの話にするか、ブランドンの話にするかでどこからか微妙に物語の焦点がブレていってしまったのではないかという気がする。ブランドンの話だったのがいつの間にかウォルターの話にスイッチしてしまったか、食われてしまったのか。

 そもそも立ち直りの話の舞台にスポーツ賭博は似つかわしくないし、もしもラストにブランドンが自力で勝敗を当てていたというなら、その能力を持ちながら背中を向けることができる強い意志の持ち主と素直にブランドン徹頭徹尾好青年説を認める気になれるのかもしれないのだけれど、これがコイントスの結果。もし負けてたら恩人見捨てた非道野郎の誹りは免れないという一か八かの賭けすぎる。人の人生を崩壊させた良心的咎めもお前にはやっぱりなかったんだな!と憤りすら覚えてきてしまうではないか。
 となると、ネックになっていたのはこれが実話だったという点なのかもしれない。”現実は小説より奇なり“ファクターは、上手くやらないとかなりの確率でフィクションをぶち壊す要因となる。賭博を賞賛することはできない。ましてやスポーツ賭博絶対的アカン要素。なんとかしようと苦慮した結果、触れ込み通りの怪しげなマネーゲームの映画でもなければ、人の立ち直りや擬似親子あるいは師弟関係の絆を深く描き切ることできなかったのかもしれない。

 とはいえ、私的には存分に楽しめた。

 

私の好み度: ⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 22%

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