映画鑑賞メモ

ネタバレを含んでいますのでご注意ください

ホンモノの気持ち (Zoe)

 人間関係を円滑にし、人生を幸せなものにするをモットーにさまざまなアプリや薬を開発している研究所。高確率で診断できるカップル相性診断テストや結婚成功確率診断アプリ、恋に落ちた時の気持ちにさせてくれる薬、絶対に裏切らない理想の相手となるシンセなどなど。

www.netflix.com

 その研究所で働くゾーイはシンセ開発の第一人者コールに密かな恋心を抱いていた。コールは展示会にそなえて、人間に酷似したカラダと感情をもつ新型のシンセの開発に取り組んでいたが一方妻との離婚で精神的にまいっていた。ソーイはある日、こっそりとコールと自分の相性診断を行ってみるが0%とでてしまい、ひどく落ちこむ。

 

 AIと恋ができるか。AIに恋ができるか。

 そもそも”恋”をするとき、しているときの人間の状態というのはどういうものなのか。
 AIに恋した人間の気持ちはホンモノなのか。
 人間に恋をしたAIの気持ちはホンモノなのか。
 AIに恋をするのがニセモノなら、薬をつかって恋をする気持ちとかわらないということか。

 AIの気持ちはわからないが、人間はAIに本気で恋ができるだろう。人間はAI搭載でなくても"モノ”にけっこう本気で恋に落ちることのできるイキモノだ。人間側が気にしなければ、AIとの恋は成立するだろう。たぶん。

 コールとゾーイはそんな感じだ。
 コールは自分が開発したAI、ゾーイに恋をする。開発者であるにもかかわらずゾーイを人間と錯覚していられた間はゾーイに恋する自分に何の疑問も持たなかったようだが、ゾーイが人工物であることを直視したとたん自分にどん引く。

 ”なにやってんねん、おれ。これ「モノ」やで”と。

 でもゾーイが悲しそうだと悲しい。そういう風にプログラミングされているとわかっていても辛い。ゾーイが他のやつとイチャコラしているとなんか腹が立つ。やっぱりおれはゾーイに恋をしているようだ。でも、「モノ」に本気で恋している自分ってやっぱり引く。

  コールがこの葛藤に打ち勝った時、ゾーイは搭載されていなかった"涙”機能を発動することに成功する。ゾーイの進化は止まらない。

  ”ピグマリオ”パターンということで特に目新しい話ではない。
 恋心をあらゆる角度から掘り下げていくということでコールことユアン・マクレガーさんのリアルライフを思い、なんとなく痛々しい感じがしてしまうのはまぁそっと傍に置いておくとして...。
 この世界における”シンセ”の”扱われ方がよくわからない。
 この世界ではすでに生活の中に当たり前のように溶け込んでいるようではあるのだが、どこまで”自由”が許されているのか。

 例えばゾーイは研究所をやめたりするのだが、ゾーイはあれじゃないのか。研究所にとっては新商品のプロトタイプなわけだから、企業秘密がやめちゃって他の企業に移っちゃっていいんですかい?とか。そもそも雇用関係はどうなっているのとか。結構自由気ままに出歩いてるけれど、あの街自体が研究所の敷地内でAI開発の箱庭実験場みたいになってるのかとか、いらぬことを考えてしまう。
 それに、コールとゾーイがついに気持ちが通じ合ったとしてもゾーイは年をとれないし、やがてコールが死んだ時の悲しみとかはどうなるんだとか。長いスパンを考えれば、ゾーイの友達としてアッシュのこともちゃんとメンテしてやれよ、コールとか思ってしまう。
 アッシュというのはゾーイと同バージョンっぽいのだけど、最初から自分がAIと知ってしまっているということがどうやら防壁となって、ゾーイのようには進化できない失敗プロトタイプと位置づけられたっぽい悲しい存在。でも最後には風俗シンセの女の人となんか絆が生まれてるっぽい手繋ぎショットがチラリとうつっていた。

 慌ただしいカットバックではっきりとは示されていないのだけど、ゾーイは自ら望んで強制終了を決心して風俗シンセ店の女主人に処理をお願いした時、処理工程中にやっぱり生きたいという本能が勝ったようで、それに共感した風俗シンセのおねーさまがたがゾーイを助けてあげたようにも見えた。だとしたらあの世界で人間からの不当な扱いに対してのシンセ軍団の反乱がおこるのはもう間近なんじゃないのかとか。そうなるとコールは反逆分子の味方してあげちゃうんだろうかとか。なんか、もう想像だけがどんどん先走って違うSF話が展開しちゃいましたが。

 前半戦はコールとゾーイの”うふふ、あはは”な初々しい可愛らしいデートシーンをさんざん見せられ続けられ、後半戦は自分にどん引いたコールが薬つかってでも人間の女性と関係を持とうとがんばる(努力の方向がそこはかとなく間違っているような...)。けど、”あなたはゾーイと一緒にいる時だけ本当の自分になれるのね”と奥さんに言われて、まぁいいかという気持ちになる。

 そう。コールの奥さんがこれまた曲者な人で、コールにゾーイとの関係をぐいぐい推しまくる。アーティストなので発想が自由な人というのもあるようなのだけど、自分は恋人つくってハッピーになるのでコールにも幸せになってほしいから、ゾーイとくっついちゃいなよってことなのか。ゾーイといるあなたって一番キラキラしていたわよ。あれが本当のあなたなのよー、とにかく推しに推す。

 しかし、いま気がついたのだけど、コールの奥さんはもしや”あなたは自分が作ったものしかあいせない人”と言いたかったのかしらとか。

 コールはシンセの開発研究中、初期段階で添い寝ちゃんボデイを作っている。腹のあたりの感触だけやわらかく人間っぽくできているマネキンみたいな。さみしい時。それを抱きしめて寝ると孤独がいやされるという商品だったらしい。で、その研究の成果の集大成がゾーイで、奥さんはそのゾーイとコールがいちゃこらしているのを見て、自分とつきあっている時でもこんな幸せそうなコールはみたことないと思っちゃっているわけだから、えーと。

 えええっと???

 などと深読みしてもしょうがない映画であることは間違いないので、このあたりで。
ユアン・マクレガーさんがしあわせになれるといいなぁなんてことを思いながら。

f:id:Miyelo:20190405183149j:image

私の好み度: ⭐️

🍅:32%

www.rottentomatoes.com