映画鑑賞メモ

ネタバレを含んでいますのでご注意ください

いとしきエブリデイ (Everyday)

 とてもいい映画だ。 映画だから伝えられる。映画だからできる表現。映画の特性、映画を他のメディアと差別化するとしたら、例えばこういった語り口ができるということもあげていいのかもしれない。

いとしきエブリデイ(字幕版)
 

 

 ある一家の5年間の日常が淡々と描かれる。父親のイアンは刑務所でおつとめ中。妻は4人の幼い子供達と共に日々を忙しく普通に暮らしている。イアンと家族を繋ぐのは刑務所の面会時間のみだ。
妻と子供達、イアンの間に劇的な変化が起こるわけではない。ただ日常を共有できないことで、家族との間に距離感がひそやかに生まれていく。イアンとのその距離感が妻や子供達にとって当たり前の日常となった時にイアンは果たしてこの家族の元に無事戻ることができるのか、だんだんと見ている側に不安がつのっていく。

 妻や子供達がイアンを決定的に見捨てることはない。イアンの帰宅を心待ちにしている。同時に、もしかしたらイアンの居場所を奪うかもしれない存在のこともすんなりと受け入れていく。楽しい日常が共有され、イアン以上に父親らしいポジションをしめていく。

 この映画がすごいと思うのは劇的展開の火種をあちこちにちりばめておきながら決してこちらが身構えていたような事態には陥らない。それこそが日常の強靭さであり、同時に、いつ壊れてもおかしくないもろさをはらんでいるということをイアンの立ち位置から思い知らされる。

 イアンが刑務所にいた5年で彼が家族と共有できなかったものの大きさ、愛おしさがラストの美しさに集約されている。彼が失うかもしれなかったもの。これを失うことの空恐ろしさ。

 帰るところがあり、受け入れてくれる人がいる。あからさまな愛や喜びに包まれているわけでもない。とりたてて劇的でもない他愛のない瞬間、瞬間。それがいかに奇跡的な瞬間か、これがそのまま続くとは一切保証されていない。将来、それどころか明日でさえ何が起こるかわからない。だからこそ、失わないようそれぞれがしっかりと握りしめておかなくてはならないもの。それが家族や愛する人々と過ごす日常だ。そんなことを感じた90分。私はこの映画が大好きだ。

私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅:74%

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